■とある夏の日の午後
先日、午後に半休を取って帰宅、爆睡後にリビングに入ると、小1の息子が最近ハマっているというTVアニメを見ておりました。それはなんと「ゲゲゲの鬼太郎」!
「なんと」というのは、ほかでもない私自身が幼少のころに同じようにハマっていたからです。すなわち、40年前の子供と現在の子供が全く同じコンテンツに夢中になっているというこの事実。
もちろん私が幼少時に見ていたものは「第2期」と言われるもので、現在CS等で放映されているものは「第5期」というらしく、時代設定や人物像などは21世紀現在に沿う形になっております。たたその根本的な世界観に変わりはなく、親子が並んで番組を見ていながら、同じように楽しい時間を過ごせるのは、決してDNAが成せる技だけとも、そして私が幼稚だからということだからとは思えません。「鬼太郎」というキャラクター(コンテンツ)に普遍普及の魅力があるということなのでしょう。
■日本はキャラクター天国
日本におけるアニメ・マンガを中心に発展したキャラクター文化は独特のものとよく言われます。ちなみに2012年のキャラクター商品全体の市場規模は1兆5300億円だそうです(キャラクター・データバンク調べ)。90年代後半から2000年代にかけては「ドラゴンボール」「ポケモン」「サンリオ」に代表される日本のキャラクターが“クールジャポン”のアイコンとして、全世界に認識されるようにもなりました。
なぜ日本においてこのようにキャラクター文化が育ち、一大ビジネスにまで発展したのか。簡単に言ってしまうと、コンテンツの元となるマンガの父であり、アニメの父でもある手塚治虫という空前絶後の天才がいたから、の一言で終わってしまいます(個人的には国民栄誉賞に値しながら、その名誉を授かっていない最たる人物だと思っています)。
それだけだとこの文章は終わっちゃうので、さらに考察を巡らせますと・・・
■ ゆるキャラを楽しめる日本人気質
ちょっと懐かしいところではせんと君、最近ではクマモン、ふなっしーなど、いわゆる「ゆるキャラ」ブームは留まるところを知らないといった感じです。個人的には大阪市玉造のご当地キャラ「とらとうちゃん」の、うらびれた感じがツボです。
このようなご当地キャラ、海外では全くと言っていいほど存在しない、という事を聞いたことがあります。なぜ日本でだけこのように愛されるのか。
もともとの語源はみうらじゅん氏が、アバウトなやっつけ仕事のご当地キャラを面白がって(ある意味、揶揄する感じで)名づけたと記憶しております。
このような「不完全なもの、アバウトなものであってもその様を楽しむ」気質こそが日本人の特質なのではと思います。欧米の気質としてよく言われる「0か1か」「領域を明確にする」文化にはないものなのでしょう。
これはそのまま、諸外国が評価する日本発アニメ・マンガの特徴ともつながります。すなわち勧善懲悪、ハッピーエンドなストーリー(=子供向けで大人が楽しむものではない、というゼロイチ区分)ではなく、人物描写やその背景を豊かに描くことで(ある時は悪役をより魅力的に描いて)、起伏があり且つ単純ではない世界観(大人が楽しんでもいい)
という価値が評価されているという事です。この伝でいくと、もしかすると今後はご当地キャラも世界規模でブームになるのかもしれませんね。
子供と一緒に楽しんだアニメから、色々と思いは及んだのですが、実は最も驚愕だったのはキャラビジュアルの大胆な変わり様だったりして。
私が見ていた時代の猫娘がこれ ↓
なのに、今の猫娘ってこれ ↓
ですよ。(萌えパワー全開の妖怪??うーん…)
違う意味で鬼太郎の世界観が変わったことを痛感しました。
(山本)